2016年04月14日

最近のドラマの視聴率現象とSNS現象を構造面から洞察

最近、疑問が積りに積もっている。NHK連続ドラマ「あさが来た」の高視聴率(歴代最高)は頷けるにしても、その後、「とと姉ちゃん」までなぜ高視聴率が続くのか。また、フジTVの恋愛月9ドラマ「いつかこの恋を思い出したらきっと泣いてしまう」は月9史上最低の視聴率となり、福山雅治を起用し数字を取りにいったにもかかわらず「ラブソング」はさらに低迷。一昨年「昼顔」で不倫ドラマが話題になったにもかかわらず、芸能人の不倫には厳しくメガトン級のバッシングが続く・・・。

これらは一見バラバラのように見えるが、実は掘り起こしてみると同じ蔓でつながっているのではないかと思えてきた。シンボルや神話性と絡めて語ることはできると思うが、何かもっと単純なことでこれらの現象はおこっているのではないかと思うようになった。

15分、毎日放映されるスタイルがSNSにあっているのではないか?

日本の場合は、1995年の阪神淡路大震災と2011年の東日本大震災を境に文化や価値観の段差が顕著だが、前者はリアルからバーチャルへの傾斜、ネット社会の大普及につながったし、後者は単なる情報ネットワークからソーシャルネットワークへの傾斜、SNSの大普及につながった。NHK連続ドラマでいうと「あまちゃん」の着想は東北復興を兼ねていたし、ドラマの一話一話がTwitterで語られ、ライブで見ることがそれに参加することの前提となり、新しい視聴スタイルとなった。それと次から次へと新しい登場人物が出てきて、飽きさせず、つぶやきネタは豊富だった。自分自身も久々に朝ドラを見るようになって、それらの盛り上がる話題を共有し、ドラマ視聴の新しい楽しみ方を味わった。当時、それは朝ドラだけでなく「マルモのおきて」や「家政婦のミタ」にも共通し、SNSとともに盛り上がり超高視聴率をたたきだした。SNSと絡みだした「あまちゃん」以降、NHKの朝ドラが好調なのは、シナリオの質以上に、SNSと絡みやすい構造になっているからではないかと思う。

・15分という束縛しないライトな時間
・毎日、感想が述べられる
・登場人物が飽きさせないくらいの量がいる


上記の他に、時代設定、ストーリー転換の妙もあいまって上手く展開したのが「あさが来た」ではなかったかと思う。そこには五代様のような熱狂できる人物もいた。この視聴スタイルは一度はまるとなかなか崩せないので、「とと姉ちゃん」のような暮しの手帖の編集者の地味な話でも、キャスティングさえ前回の要領でやっていけば高視聴率は継続するのだと思う。

月曜日の9時に果たしてみんなは恋愛ドラマを見たいのだろうか?

マーケティング評論家の牛窪恵さんに言わせれば、昔はゲームもスマホもなかったので、平日も恋愛するしかなかった(笑)今は、ゲームもスマホもあるので恋愛を第一に考えなくても平気な若者が増えている。これは結構、月9ドラマにとって決定的なコトではなかろうか。昔は月曜日の夜に恋愛ドラマを見て、ひたって、一週間自分の恋愛の肥やしにできた環境があった。今はというと、“なんで、週始めの月曜から恋愛ドラマを見る必要があるのだろう、彼・彼女とデートする週末・休日までまだまだ遠いのに、そんな気分になれないな”といった感情ではなかろうか。しかも「いつ恋」や「ラブソング」のような無理のある設定、ツッコミどころ満載の内容だと白けてくるのも当然だ。さらに言えば、もう、月曜日に恋愛ドラマをやることが世の中とマッチしていないとすれば、何を持ってきても低視聴率となる可能性は大で、それが本当に現実になっている。

Twitterは特に短文なので、勧善懲悪、正義追求型になりやすい?しかもデバイスがスマホになったため短文で言いたいことを圧縮

ここのところの不倫叩きはものすごい。そしてどれも叩く理由が、奥さんが可哀想じゃないと収斂していく。確かにそうだが、SNSのなかった時代は、そこまで引きずり落とすことはなかった。覚せい剤にしたってそう。SNSのなかった槇原敬之は、見事復活をはたしてたりする。ついこの間の日清カップヌードルのCMでは、矢口真里がターゲットとなって叩かれまくっていた。SNSのある時代は、ネット上にデジタルデータが積み重なっていくので、過去のことは過去として忘れてくれない。ベッキーの時も酒井法子がコメントを発したが、ベッキーは不倫で犯罪じゃない、前科もののお前が口をだすなとネット上でボコボコに叩かれていた。SNSでは長い言い訳は通用しない。短文で誰もが共有できる意見が途方も無い力を持ってターゲットがつぶされていく。

こうやって見ていくと、えっ、なんでと思うようなことは、SNSの形式によって左右されていることが多いように思う。世の中に伝播する文脈は、SNSにフィットしているかフィットしていないかで選択されていく。ダウンタウン浜田の不倫がすぐ沈下したのも、奥さんが可哀想に見えず、そうとなると話はややこしくなるので、SNSはターゲットのロックオンを解除するのではないかと思う。それとウソをつかず正直に語ればロックオンは解除される。

2011年に、SNSを主体としたツッコミ文化は日本を正常にしていく旨のブログを二本書いたが、最近の状況を見ていると、必ずしもそうでもないかなと思う。SNSの構造に価値観が引っ張られているような気がする。またその回路を上手く利用しているのは週刊文春とか週刊新潮だろう。ネタ選びがSNSで調理しやすい文脈にして見事に編集工学をしている。さすがという他ない(笑)

まぁ、これもまだまだ過渡期。

いろんなSNSが出てきて、ちょっとヒステリックな風潮も変わっていくかもしれない。ただし、いろんな人がいろんな意見を公開できる今は、昔と比べて抜群にいい時代になっていることには変わりないと思う。

この記事に関連した過去のブログ

リーマンショックの裏側で〜2008年に何がおこっていたか?

ツッコミ文化が日本を正常にしていく

ツッコミ文化拡張論---漫才ギャングが示したもの

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30数年広告畑で畑を耕しています(笑)コピーライターでありながら、複雑系マーケティングの視野からWebプランニング、戦略シナリオを創発。2008年2月より某Web会社の代表取締役社長に就任。snafkin7としてのTwitterはこちらからどうぞ。Facebookはこちらから。
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