2011年07月29日

福岡発アイドルユニットが教えてくれること

HKT48オーディションの最終合格発表の時、秋元康氏が、えっ!!と思うようなことを口にしていた。HKT48は劇場型とは少し違う展開をしていきたい…と。ここ最近の48グループの動き(メディア漬け)を見れば意外でもなんでもないが、少し前まではかなり劇場型にこだわっていたので、違和感を感じた。

それがひっかかって、福岡のこと、博多のこと、天神あたりのことを調べていると、博多経済新聞や天神経済新聞に行き当たり、福岡発のアイドルユニットが多数存在することを知った。AKB48が人気になって以来、福岡だけでなく全国各地にご当地アイドルが誕生していることを九州ローカルのTV番組で知ったが、その中でも福岡はその流れが活発らしい。

AKBやモー娘。のカバー曲を歌い専用劇場を持っているHR(エイチアール)、同様にQunQun(キュンキュン)LinQ(リンク)mix、そして各大学のミスキャンパスを集めたCQC's(シーキューシーズ)など。

それぞれYoutubeで活動を見てみたが、街おこしという意味ではいいのかもしれないが、福岡といえども容姿がずば抜けてるわけでもなく、歌もダンスも評価するレベルではなく、AKBの曲を舞台で歌っている姿はかなり痛かった。唯一、CQC'sの「涙のリクエスト」、特にキャナルシティでのライブは新鮮だったが…おそらくこのラインは、アイドルとは違い、ミスキャンオールスターズみたいな、要はお遊び感が出ていて安心して見れるという面があるのかもしれない。

こういう状況下、HKT48が今さら劇場型を強調しても面白みがないので、先の秋元康氏の発言になったのかもしれない。または、NMB48のメディアを利用しての成功から、最短距離を行こうとしての発言かもしれない。

そもそも「アイドル」とはメディアあっての「アイドル」だから、「会いにいけるアイドル」というコンセプトは最初は新鮮にうつるが、大量のファンを生み出してしまった今、成立しえないコンセプトなのかもしれない。

だからといって、劇場型のふりをしたメディア型アイドルを増産するのもいかがなものかと思うが、このHR、QunQun、LinQ、mix、CQC'sとHKT48の混在は、かなり悲しいものを生み出してしまいそうで、これまた痛い。

HKT48が本物感を強調するのはいいが、街おこしを担ってるHR、QunQun、LinQ、mix、CQC'sが沈んでいくのはなんだかなぁと思う。

まがいものであっても、目的は結構、純心だから存在価値はある。HKT48もAKB48のまがいものと言ってはおこられるが、博多につくる目的がいまいち定まっていないように思う。

しかし、K-POP女性アイドルグループの量産を含め、アイドルグループの増殖は何を意味しているのだろう。

以前、aikoの歌詞を解析したことがあるが、西野カナやJUJUの歌詞を見ても、なんとなく恋愛というのが成立していないことがわかる。直接的な恋愛というのが成立しにくいような時代が見えるのだ。一方、男性歌手の歌の詩を見ても、愛してるとか、好きだとか、そういう言葉を発しているが、受け止める相手の気持ちが表現されていないことが多い。

このことは、アイドルグループ乱立の話と違う位相のことのようにも一見思うが、どこかでつながっているような気がする。「アイドル」という場所でないと、メタ次元でないと感情がぶつけられない、若い層の事情が見え隠れしてしまう。届かない場所にわざわざいって実は届くんだよと、おいでおいで、する。みたいな。メタ恋愛時代のメタ関係。

唯一、新鮮に映ったCQC's。彼女らはあまりにも熟しており、大学の学祭のりなので、屈折感がない。

メタアイドル同士のつぶしあいほど醜いものはない。メディアがHKT48に味方するのが見えるだけに、かなり嫌な景色を想像してしまう。じっくり考えて展開してもらいたいものだ。

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コメント一欄

2. Posted by 鍛冶哲也   2011年08月16日 04:40
3 歌っている人間の存在感が感じられない。音楽って、プリミティブなものだと思うのです。歌う人間の人間性がにじみ出る。

完璧な歌よりも、音をはずしてもどうしようもない音楽への衝動を感じさせる歌の方がいい。ロックを感じさせてくれる歌の方がいい。私の音楽に対するスタンスはそんな感じ。

どうしようもなく自分がにじみ出てしまってる歌がいい。音はずしても。ロバート・プラントとかヒロトとか。(こんな比較もなんだかな?ですが)

自分をまるごとぶつけてくるような歌が聴きたい。

逆に、そうでないなら、完璧なプロデュースされた、つくりこまれた洗練のきわみ。毎回、同じパフォーマンスしかできないのであれば、徹底的につくりこんだそれを。

このCQC’sは、その点で中途半端な感が。つくりこんだパフォーマンスの点では、テンポがゆるくて刺激もインパクトもない。自己表現という意味で、自分をさらけ出してます感もない。もっと自分を見せてみろ!音はずしてもいいから!

音に気持ちをのせるというのは簡単なことではありません。音に魂をこめるのはもっと大変。音をはずしたパフォーマンスでも聴き手を納得させるためには、魂をのせたパフォーマンスを披露しなくては。

ははは。私の音楽観は神秘主義ですね。

アイドルにそれを求めるのは酷かもしれません。

だったら、技術としての歌を磨け。技術としての踊りを磨け。

そんな感じです。

つくられた商品としてのクオリティをあげろ。

素材としては、スタイルいいし、身長も足の長さもそろってて、素材としてはいい。動きもそろってて、いい。

音楽として、さらけ出す路線で勝負できないのであれば、プロデュースでもっとクオリティを高めてくれ。

つくりこみの刺激度をみせてくれ。アレンジで魅せてくれ。

そんな風に思いました。
1. Posted by 鍛冶哲也   2011年08月16日 04:38
3 こんにちは。

私はアイドル関係には疎いですが、音楽は好きなのでそんな立場で米を。

CQC'sの「涙のリクエスト」見ました。出だしはちょっと新鮮な感じがしました。白いTシャツにジーンズのショートパンツといういたってシンプルな衣装での統一。

結構、身長もありそうなメンバーのスタイルのよさ。足の長さ。の統一感。

一応、みんなで練習しましたっぽい、そろってはいるけど、テンポがとろくてシンプルなそして素人感ただようダンス、というか振り付け。

オーバープロデュースされていない素人くささ。率直さ。それは親しみやすさにつながる。

これって、印象は悪くないです。

でもイモくさいかな。悪い印象はないけどインパクトがない。どうってことない。

そんな感じ。



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30数年広告畑で畑を耕しています(笑)コピーライターでありながら、複雑系マーケティングの視野からWebプランニング、戦略シナリオを創発。2008年2月より某Web会社の代表取締役社長に就任。snafkin7としてのTwitterはこちらからどうぞ。Facebookはこちらから。
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