2011年01月27日

ジャガー2001-2

「こんなに物事が見えない時代に、確かな踊り手がいっぱい見えるんだから、まっいいか」ミーコは気の利いたことを言おうとして軽く笑った。
「サンタフェにいた時、同じようなことがあったわよ。異国にいると、どんなパーティに参加したって、周りは知らない人ばかりでしょ。大勢いると一人一人観察なんてできないし、知らない人が見えたり、消えたり、で感覚が麻痺してきて、そのうちどうでもよくなってくるの」
「その時、ミーコは素だったの?」特に訊きたいわけでもなくヨージは口にした。
「もちろんよ、私にとっては、音楽が最高のドラッグだからぁ」このパーティでは、誰もがドラッグをやっていなかった。誰もがドラッグなんかに期待していなかった。まったく途方もない映像や音が感じられるなど、信じていなかった。音は曲がるだけ、自分の思ってる感情が極端に露出するだけのマジックに過大な期待などするはずもなかった。
「それか、超ひも理論のあれかもな」タケシが語った。
「見えない次元のモノが、爆音で揺さぶられて見えるとか」
「ほう、それってタケシの専門外じゃないの」ミーコはふっかけた。
「専門外の方が楽しいってこともある」
「同感だけど、タケシの現象学からはかけ離れた考え方でしょ」
「まぁな」
「ありのままを見つめなさい」
「何回も判断中止して、ありのままを見てるけどね」
「放棄かぁ」
「バカいえ」
「逃げかぁ」
「からむなぁ」
「からむわよ」
「複雑だからな、ミーコ」
「複雑系よ、コンプレックス・システム」
「ギャグにしてるよ」
「するわよ、いちばん実践的なのに、この国では、とんでもないくらい古い経済論で動いているもの」
「バカらしいか」
「大きなものを動かすつもりは私はないから別にいいけど、いくら予測が立てられないっていっても、行き当たりばったりと仮説修正とは違うもの」
「何にも実ってないものな、俺も患者と接していてよくわかるよ。カウンセリングしても、ひどい家族関係や人間関係がありのまま見えるだけ、俺に家族関係や人間関係自体を治癒できない限り、患者を治癒なんてできるわけがない。それでもカウンセリングを続けていかなければならない」
「私の場合は、単純な幻想との戦いね。戦いにもなってないけど。経済学なんて、経済を良くしようとするものでしょ。今の経済なんて制御できないんだから、経済学自体成り立たない気もするのね。高度成長期、バブル期の夢を見ている限り、なんにも良くならないよ。世の中、我慢するのが嫌いな人が多い限り、いつまでも果てしない高度成長期を追い求めてるだけよ。バブルが高度成長期の二コブ目の幻想としたら、ITバブルが三コブ目。さすがにラクダに四コブ目はないよう。」ミーコは冷たく笑った。彼女は停滞の中のカオスを見るのが好きだとも言っていた時がある。カオスほど美しい形はないとも言っていた。混乱の中の美学。そんなものを愛しているようにも思えた。毎日、主張がコロコロと変わる新聞よりは何か真実があるような気はしていたので、彼女の言うことは真面目に聞いていた。
「最終的に何を分析したいの?」僕はミーコに大雑把に訊いたことがある。
「マーケッターももう分析なんてできないでしょ。私がしていくのは、内部からの洞察だけよ。素直に見ていくことが、これからの経済学ね。方程式つくったってしょうがないもの。大きな破綻が待ってるだけだもの。枠にはめると、破綻に近づくわね。だって、経済も生命そのもののレベルになってきているから。」僕はミーコの『生命そのもののレベルになってきている』という言い方が気に入っていた。何でもそうだが、初期段階ではすべては思い通りに行っているように見える。そのうち深みにはまっていくにつれて、生命としかいいようのない思い通りにいかない地点がやってくる。僕のマーケティングの世界でも生態系市場という言い方がある。その地点では、市場は自己組織化が自然になされていて、ちょっとやそっとの外の力ではもう動かない。動いたとしても一時的だ。しばらくすると、全体の元の力が働いて、生態系のようなバランスをとる。多くのマーケッターはもうそのことに気がついてはいるが、このことについて多くを語ろうとはしない。もし語れば、マーケッターなんて専門職の価値がなくなるのではないかと危惧しているからだ。これはマーケッターに限ったことではないだろう。経済学者や精神科医だって同じ事なのだろう。幼稚な分析なんてもう受け付けない世界になっている。新鮮な目でどれだけ、今動いていることを素直に見れるかにかかっているような気がする。そしてそれはありのままの時間スピード以上に早めることはできない。たとえ動いているスピードが超高速でもあってもだ。僕はいつもこんなことを考えながら思考が前に進まない時がある。
「ところで、増えてきたダンサーのことなんだけど…」ナーコは少しコンタクトがとれたらしい。
「意外とURと関係しているらしいよ」
「やっぱり」ヨージが得意気に応えた。
「よく見たら、URのマーク入ったシャツ着てる人が多いもの」
「シャツだけじゃわからんでしょう」タケシはすかさず否定した。
「クラブ系のショップでも売ってるし、通販でも売ってるよ、訊いたのか?」
「まだちゃんと訊けてないけど、なんか凄くイタについてるというか、URマークの古いものも自然に着こなしているから…」
「とうとう始まったかぁ」ヨージは真剣でないにしてもと少し関わっていることでご機嫌なようだった。
「始まったって何が?」
「この国にはなかった純粋なレジスタンス運動ぉ」
「バカ言え」
「バカかもな。だけど、この国にはいい加減なレジスタンスしかなかったぜ。今の日本の状況を見てみろよ。今が、1960年代、1970年代、1980年代、1990年代の上に成り立ってるんだったら、こんな酷い話はないぜ。抵抗しているように見えて、その波の中をまた泳いでいる姿を想像するなら、そんなのは抵抗でもなんでもない気がする。いろいろ調べれば、1960年代あたりに可能性はあったんだろうが、そんな微妙な話を持ち出しても仕方がない。」
「お前、本気みたいだな」タケシは不思議そうにヨージをみつめた。
「ある意味、本気だ」
「でも、URったって何もできないだろう。まず黒人のものだし、デトロイトで何ができたってわけでもないだろう。音楽産業に流されない、自由なダンスミュージック制作って以外に何か実を結んだか?」
「少なくとも、幸せな気分は俺に伝わった」
「幸せな気分?」
「ああ、タケシはジャガーのプロモビデオ見たか?」
「見てない」
「そうか」
「そうだ」
「笑うんだよ、最後、みんなが」
「それだけか」
「笑って踊るだけだ」
「それだけか?」
「それだけだから、いいんだ、何もしない。笑って踊るだけだ。何の資本も入っていない音楽で、踊るためのダンスミュージックで踊るだけだ」
「それがレジスタンスになるのか?」
「ああ」
「そうか」
「ああ」タケシとヨージは、語気を荒くするわけでもなく、こんな会話を続けていた。どちらとも理解しているわけでもなかったが、プラスに進むエネルギッシュな場所がない限り、どちらかがどちらを説得することができないように思えた。どんなに意見を戦わせてみても、現実にあるのは、人に知られていない暗いパーティ会場があるだけだった。そしてそれに好んで参加する僕たちがいる。その事実に大げさな思想もいらなければ主張もない。あるとしたら心地よい時間の充実度だった。日が昇れば、また難解な世界がデジタルに時を刻んでいく。
 人数が増え続けていたパーティも100人近くになったあたりで、増えもせず減りもせずとなっていた。僕たちの中でも、ヨージやナーコがUR組と積極的に接しているようだった。ミーコとタケシはある意味、マイペースにパーティに参加していた。僕とマキはそんな人をさらに客観的に見ているというような立場だった。マキはどちらかというと、パーティと仕事とを完全に切り離しているわけではなかった。思いつかないフレーズを踊りながらでも探っているようだった。急に顔が晴れる時がある。すると、チルアウトしているように見えて、メモ帳に何か言葉を書いている時があった。彼女は頭を白紙にした方がいいフレーズが浮かぶとも言っていた。
「最近、ナーコとヨージは仲がいいみたいね。」
「ナーコとヨージが仲がいいというか、彼らのいる場所にいることが多いからな」僕の目には確かにそう映った。
「あいかわらず、一緒に踊ってるだけで、特に何か話しているわけではないことはわかるけどね」
「彼らもいずれは、どこかにいくんだろうけどね」
「わかるの?」
「わからない」
「なんだそれぇ」
「でもいろんな人がいるよなぁ」
「なんだそれぇ、あのストレンジャー軍団のこと」
「もっと一般的なこと」
「そんなこと思ってるんだったら、街の知らない人に声かけまくればいいじゃない」
「してみてもいいなと最近思ってる」
「新種のナンパかぁ」
「そういうことではないけど、少しは期待してるかな」
「向こうも実は声かけて欲しかったなんてね。いまさら何言うトオル哉ですよ」
「そりゃそうだ」冗談でしゃべっていたが、まったく冗談でもなかった。大人になってから、人の考えてることなんて大差ないと思い始め、いつからか人に好奇心を抱くことが少なくなったが、最近、いろんな人にいろんな意見を訊いてみたい欲求にかられる。職業病かもしれないが、仕事や食品のアンケートではなく、フツーのことをフツーに訊いてみたい気がする。たとえば、とびっきりの美人が歩いていたとする。自分を美人だと思うか?そのルックスを活かす仕事をしているかしていなければ、何故そうなのか?いつかタケシにそんな話をしたら、やっぱり少し歪んでいると言われた。人それぞれ世界があるわけで、お前が急に短時間で挟まってきても本質的なことには迫れないだろうと言われた。それで相手が迷惑がったとしたら、立派な病気ということになるらしい。しかし、メディアに登場しないフツーの感心する話を僕は聞きたいだけだった。何のためにかは自分でもわからないが、道行く人のフツーの意見をやたら求めていた。
「トオルは街にナーバスだからなぁ」
「マキもナーバスなくせに」
「まぁな」マキは思いっきり男っぽく言い放った。
「コピーライターがナーバスで何が悪い」
「まぁな」僕はマキがどの力を使って、街や時代の無意識の雰囲気を掴んでいるか不思議だった。彼女の言葉に多くの人が共感するとしたら、うすうす感じていて新鮮な言葉で提示された時の喜びだと思う。一種の透視力かと思う。
「でもなぁ、言葉の巫女的な役割もなんだか飽きてきたしなぁ」
「おっ、贅沢病か」
「わかってないからなぁ、トオルはぁ」マキはそれから先、言葉を続けなかった。
「とにかくわかってないからな、俺は」マキはニヤリと笑うだけだった。
 ナーコとヨージがストレンジャー軍団の中で踊るようになって、彼らと会話することが少なくなった。遠目で相変わらず美しい踊りをするナーコを眺めていたが、表情を見ていると特に変わった様子はなかった。ただ、ヨージは、踊り疲れてこんなことを言ってきたことがある。
「なぁ」
「あぁ」
「お前も、URって無意味だと思うか?」
「無意味なんて、言ってないよ。ただ、やっぱり俺もURってデトロイトの街があってそこで育まれてきたわけだし…」
「しかし、今はデトロイト限定じゃないし、グローバルな広がりも出てきている」
「それは、わかっている」
「デトロイトはデトロイトだけじゃないんだ、わかるか」
「なんとなくはな」
「実は悲惨なのはデトロイトではなく、デトロイトのような街かもな」
「そう言われると、余計にわかるような気がする」
「俺は何をするわけじゃない。何の行動も起こさないし、何かメッセージを発するわけでもない。ただ、デトロイトのような街でURに共感している。そんな自分がいる。ただそんなことを確認しながら踊ってる。わかるよな」
「わかるけど、ヨージはデトロイトには行かないのか」
「夢の本拠地に行ってどうする」
「夢の本拠地かぁ」
「夢の本拠地さ、あそこには本物の活動があるしな」
「しかし、どうして一つの都市の音楽が、こうやって、世界や日本に根付いているのかは不思議だな」
「資本主義の袋小路は、資本主義の袋小路にしかありえないというか…次の段階とか、そういうことじゃないだ、たぶん。資本主義の袋小路は、袋小路でしかありえないっていうか、俺、同じこと言ってるな」ヨージは笑った。
「俺たちが、想像しているアメリカとかと全然違うな、URはぁ。アメリカの中でアメリカを憎んでるし、アメリカの中で評価されていないというもどかしさもある。」
「ニューヨーク、シカゴのあのアメリカっぽさがないというか、そういう意味では、グローバルに広がっている都市、デトロイトって変な言い方もできる」
「あのストレンジャー軍団とは、話ができたか?」
「あいつらも、別に語って何しようというわけでもないみたいだし」
「そうか」
「そうだ」
「ナーコもか」
「ナーコが気になるか、ナーコも言ってたよ。あいつらとは語る必要がないって。感じるだけでいいって。あいつらはそういう奴らなんだ。」
「パリ・テキサスみたいなもんか、ジャパン・デトロイト、なんか気持ちはわかるんだけどなぁ」
「それだけで充分だ」ヨージはきっぱりと言った。
「俺はそれでいいけど、お前はそれで充分なのか?」
「充分じゃないけど、俺がURになって、発信者になっても変だろ」
「それはそれでいいような気もするが…」
「よくいうよなぁ、俺はいい加減、ぶらぶらしながら袋小路で悩んでるふりしている方が似合っているような気がする」
「それはまた気楽なレジスタンスだな」
「まぁな」


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30数年広告畑で畑を耕しています(笑)コピーライターでありながら、複雑系マーケティングの視野からWebプランニング、戦略シナリオを創発。2008年2月より某Web会社の代表取締役社長に就任。snafkin7としてのTwitterはこちらからどうぞ。Facebookはこちらから。
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