2011年01月27日

ジャガー2001-5

「あれから、元気だった?」
「擦り傷は治ってきたけど、あのダウンジャケットについた血はそのままね。クリーニングに出したら高いし、そのままにしてある」ナーコの半開きのファンシーケースに白いダウンジャケットが見えた。
「トオルこそ、元気だった?トオル、いつも元気そうじゃないから」ナーコは大きな声で笑った。
「まぁな、元気になる理由がないからな」
「元気になる理由がないと元気にならないのだったら元気になる理由をつくってあげようか」ナーコの言っている意味がよくわからなかったので、僕は薄笑いをしていた。別にそれに反応する必要もないように思えた。
「この季節、野外レイブの数も減ってきたけど、沖縄のレイブでも参加しようかな」
「元気になった証拠だな」
「まぁね」
「もう公園のパーティには来ないの?」
「別に行かないと決めたわけじゃないけど、来て欲しい」
「まぁな、なんとなく6人、楽しいメンバーだったし」
「そりゃあそうね、でもあんなことあったし、もう前のみんなじゃないような気がするし、初めからなかったパーティと思えば、それで済むような気もしてきてるし」
「なるほどな」
「何が、なるほどよ、頼むから来てくれ」とか言わないの」
「言ってほしいのか」
「トオルは、やっぱりバカだぁね」ナーコは手のひらを天井にむけながら、両肩をちょっと上げて呆れるような顔をした。かと思うと、テクノ音の中を思いっきり大声で、
「おーい、トオルはぁ、バカだようぅ」と叫んだ。僕はあわてて、ナーコの口を片手で塞ぎにいった。静かになったと思って手を離すと、また、
「おーい…」と続けそうになった。そんなことを繰り返しているうちに、ナーコといい雰囲気になってしまい、関係をもちそうになってしまったが、その時、ローランドのCDが終わって急に無音になった。ナーコはステレオの前まで行って、そのまままた再生ボタンを押した。イントロが流れて、しばらくすると、アルバムバージョンの『ジャガー』が流れ始めた。僕とナーコはそれを聞きながら、ベッドでキスを繰り返していた。雑誌で見たナーコの神秘的な表情が僕の身体の下にあった。不思議だった。ある意味あこがれていたナーコの神秘的な表情が自分の下にあった。ナーコと身体を重ねてるうちに、ローランドの曲が再びはっきり耳に入ってくる。だんだんとタケシから聞いた古代メキシコの不思議な儀式のことを思い浮かべていた。急にリアルな映像が思い浮かんできて、ジャガーの騎士がイケニエを運んでいる。ピラミッドの頂上に運ばれ、抵抗することもなく生きたまま心臓を抉られるイケニエ。血がどくっとあふれる。流れる。かと思えば、心臓を香で焚いた煙があちこちから立ち上る。
「トオルぅ」というナーコの声が聞こえた。僕はいつのまにか古代メキシコの映像の中にいた。いつのまにか僕はナーコの胸の上でジッとしていた。ナーコの声に気づき、僕はナーコの横に移動して、天井をみつめていた。
「何急に静かになるから…」
「このまま、寝ていいかな」ナーコは不思議そうな顔をしていたが、頷くと僕の隣に寝ながら二人を包むように布団と毛布を掛けてくれた。
 しばらくして夢を見た。やはり古代メキシコのピラミッドのある風景だった。中央の大広場では祭りが行われていた。激しい打楽器の音が聞こえていたが、笛のような音色が同じメロディを繰り返していた。それにあわせて色彩豊かな衣装を身につけた男女が舞踏を行っていた。女性の胴に手をまわして踊っているものもいた。夜だったが松明の明かりや樹脂の木のかがり火があったのでその光景は異常に赤く明るく見えた。しばらくするとそこで何かの伝説をもじったような芝居が始まった。演技する役者は一様にぎこちなかった。しかも言葉や身振りが厳密に決められているらしく、芝居の途中で何人もの役者が神官のようなものによって排除された。ひととおり芝居が終わると、織物や鳥、花や葉飾りなどの供物を持った行列と、さっき芝居をとちった役者達が楽器隊と一緒に大ピラミッドの方に向かって歩きはじめた。ピラミッドの頂上には炎が弱々しく揺らいでいた。ぼんやり見ていると、いつのまにか大行列は頂上に着いたようにも見え、だんだんと炎が大きくなり始めた。と同時に黒い煙も激しく天を昇った。僕はこの情景を冷静に見ていたが、それはこれらがどこかで夢であることを感じていたからかもしれない。夢の中ではイケニエの恐怖感などあまりなかった。そして逆に僕はタケシから聞いていたジャガーの騎士を捜していた。祭りの形式が違うのか、戦闘がない時はいないのか、まるで有名人を捜すようにあちこちに足を運んだが、ジャガーの毛皮を身にまとった騎士はいなかった。話す相手もいなくピラミッドのある風景の中で疲れて座るところでこの夢は終わった。
 まだ夜が明けていなかった。僕の隣にはナーコが眠っているはずだったが、ナーコは瞳を開いていた。
「起きてたの?」
「寝言を言ってたから、トオル」
「なんて?」
「なんかわからないけど、ぶつぶつ言ってたわよ」
「ぶつぶつかぁ、夢の中では話し相手がいなかったんだけど」
「なんか夢見てた?」
「わけわからん夢だ」古代メキシコの夢なんていうと、ナーコのマリナルコに繋がるので、この時も僕は多くを語らなかった。ずっと気をつかっているわけでもなかったが、少しでもナーコにあのことを忘れさせたかった。でも結局忘れられないほど強烈なイメージを持ってしまっているのは僕の方だし、おそらくタケシやミーコだろう。ナーコだけが何も知らずにもう一人のナーコと別れることができた。僕たちは『ジャガー』でなくてもUR系の曲を聞く度にこれらのことを思い出すだろう。闇に包まれたような不思議さとともに。
「もし、沖縄に適当な野外レイブがあったら、一緒に行かない?」
「仕事が休みの日だったら、行ってもいいよ」
「なんで、ぜひ行きたいって言えないのかなぁトオルはぁ」ナーコは天井に向かって小さく叫んだ。
「仕事に都合がついたら、ぜひ行きたい」僕は半ば笑いながら言った。
「ぜひ行け」ナーコは命令口調で言った。
 それから僕たちはまた眠りについた。僕は再びさっき見た古代メキシコの風景の中にいた。この夢から解放されないことに僕は諦めてもいた。広場の階段に座っているところから始まった。どうやら続きのようだった。
「トオルぅ」という声が座ってる後ろから声がした。振り向くとナーコだった。
「ナーコも来たのか」
「以前、二回ほどあったことのあるナーコよ。一回目はナーコの部屋で、二回目は公園の防波堤でね。」
「もう一人のナーコなのか」
「まぁね、ナーコ自身は私を捨てたけど、おかしなことに、あなたとタケシ、そしてミーコはここに来るようになったわ」
「タケシとミーコもあの二人もこの夢を見るようになっているのか」
「夢といえば夢だけど、私にとっては夢じゃないわ」
「そりゃあそうだけど、タケシとミーコはどこにいるの」
「今はここにいないわ」
「ナーコはここで何をしてるの?」
「ここは古代だけど、ギリシャのように弁論とかそういうものは盛んじゃないのね、どちらかというと、歌劇とか詩歌、そして踊りとかが盛んね。言葉はよくわからないけど、見ているだけで面白いわよ。八日間、太鼓のリズムで踊り続ける祭りもあるのよ」
「踊ってるのかナーコも」
「端っこでね、腕と手だけを動かすパラパラのような踊りも続くことがあるのよ、おかしいでしょ。でもあなたと一緒よ、ジャガーの騎士を捜してるわ。なんか特別の時しかいないみたいね」
「でも、ここのナーコはジャガーそのものじゃないのか」
「それはタケシの解釈ね。私は『ジャガー』から生まれたわけだから…でも私はもう一人のナーコだし、まぁナーコには捨てられたということなんだけど」
「僕たちは夢で会い続けることになるのかな」
「ここに来ればね」
 僕は分裂したイメージがこんな風に再現されるとは思わなかった。ここでの解決は、またここでのタケシとミーコに委ねないとダメなんだろうか、別にあせっているわけでも苦しいわけでもなかったが、もどかしい気分であることは確かだった。
「タケシがこんな歴史を発見したから…」
「こんなイメージを持つようになってしまったって言いたいわけね、でも本当の歴史だから」
「それはそうだけど」
「未来は神話って、ここのミーコも言ってたわよ」
「ここが僕らの未来なわけ」僕はちょっといいようのない悲しさを覚えた。
「未来そのものじゃないけど、小さな世界で完結してるわね。信仰ももの凄く独断のような気もするけど、信仰ってある意味そんなものね。合法的になるにつれて野蛮ではなくなるけど、一つの世界だから…」
「確かに、世紀が先に進んだとして、ここのような活気はないにしても…」
「新大陸をコロンブスが発見して以来、ここの文明も滅んだし、新大陸そのものが発展の象徴のようなことになっているけど、その新大陸に栄えている国は、ここより残酷なことも平気でやってるわ、規模ということではここ以上ね」
「そういうことなのかレジスタンスの意味。単なる黒人の白人文化に対する抵抗だけではなしに、白人文化のできる前にあった、ネイティブな文化を思い起こさせることで、立派な抵抗になっているという…」
「そうかもしれないわね」
「こんな歴史はメディアでは抹殺されるけど、確かにあった」
「メディア受けするのは、エジプトのピラミッドの方ね。こんな血がよく流れるピラミッドは恐くて取り上げられないもの。そして、ここの宝を奪うために、ここの文明を壊したのが今の文明の通過点としたら、自虐の念がおこるだけね」
 タケシとミーコは現れなかったが、もし現れたとしても同じような話に終始するだろう。僕たちは、先にさらに進んで荒野の風景を見てがっかりするより、古い時代だが、信念のような重々しい世界観だがしっかり動いてる風景を見て驚いている方がマシだというような意見に終始するだろう。
 僕は再び目が覚めた。ナーコは既に起きて着替えていた。
「また、ぶつぶつ言ってたわね。トオルと居ると熟睡できないことが、わかった。もう一緒に寝るなよな」ナーコは男の口調で笑いながら言った。
「コーヒーも何もないし、飲みたいなら、早く起きて外に出ようよ」
 ナーコのマンションの近くに、アメリカンクラブサンドとレッドオレンジのある洒落たカフェがあったので僕らはそこで朝食をとった。といってももう昼前だったので、周りは、ランチとして食べているカップルもいた。
ナーコはほとんど化粧をしていなかったが、周りにいる女性よりも美しく見えた。本人は寝不足だと言っていたが、肌のツヤは本当に良かった。
「トオルはぁ、仕事が楽しい?」ナーコにしては珍しく現実的なことを訊いてきた。 
「仕事はビジネス、ビジーなものさ」
「バカかぁ、楽しいって訊いてるのよ」
「なんか知らないけど、世界がいっしょくたになってきたようで世界が分裂してきたというかぁ、マーケティングなんかでもきめ細かくなってきて、現地でやらないと意味なくなってきている。日本にいる場合は日本だけしか通用しない」
「海外に行ってしまうこともあるんだ」
「今だったら、シンガポールとかインドネシアだな」
「行かないの?」
「順番だからな、行けと言われれば行くと思うけど」
「ふうん」
「ふうん、だけか」
「ふうん、だけよ」
「じゃあ、それでいい」
 僕とナーコは店を出て別れた。この土日でよりナーコが好きになったわけでもなかったが、ナーコとはできるだけ一緒にいたい気持ちになっていた。夢のことも思い出した。眠る度に、もう一人のナーコとも会うんだろうか。それとも、強烈なイメージに左右されての一時的なことなんだろうか。確信はできなかったが、何があっても素直に受け入れることができそうな気がした。
 しばらくして、タケシやミーコから連絡があった。予想はしていたが、どちらも古代メキシコの夢を見るということだった。そしてそこにナーコが現れるということだった。しかし、夢の中ではナーコと個別に会っていて、僕の夢も含めて、その場所で4人が顔を合わせることはなかった。
「あの公園から、もう一人のナーコが消えたと思ったら、俺たちの夢の中で棲みはじめたな」タケシは情けないように笑った。
「お前、精神科医だろ、なんとかしろよ」僕は冗談まじりになじった。
「バカいえ、夢までコントロールできるかよ、無意識に棲んでるものだからな」
「そんなに害のある夢でもないんで、別にいいんだけど、相談したくって…」
 タケシとミーコと僕は週末に会うことにした。場所は、以前タケシと待ち合わせたモチノキのある喫茶店だった。それぞれの話を聞くと微妙に風景が違っていた。しかし古代メキシコのピラミッドが見える風景であることは確かだった。
「今度ばかりは、水辺に行っても仕方ないことだからな。夢の中でこっちから出向いているわけだから」タケシは軽く笑った。
「だったら、延々とあんな夢見ることになるかな」ミーコは言った。
「もう一人のナーコが僕たちを誘っているという見方もできるけど、僕たちは僕たちのストーリーに影響されているという見方もできるよね」僕はもっともらしいことを言おうとした。
「あぁ、俺の仮説のストーリーだよな」
「そのストーリーを知っているのはこの3人だけだし、その3人に夢が再生されている」
「今さら、忘れるってことできないでしょ」
「無理に忘れようとすると、それこそおかしくなっていくばかりだと思う。どちらかというと、より知ることで理解してしまって、イメージを消していくしかないように思う」タケシは少し自信あり気に言った。
「より知るって、何を?」ミーコも不安そうに続けた。
「古代メキシコっていうか、アステカというか、ジャガーの神話かな」
「あれがすべてじゃないのか」
「アステカ神話の中には、全てを超越した神の下に4人の神がいて、この神達が争いを行う度に、4度ばかり太陽が滅んでしまう。いちばん最初の太陽が4のジャガーと呼ばれていた。後に滅んだ太陽が、4の風、4の雨、4の水となっているが、この神話が不思議なのは、太陽であるのにジャガー、風、雨、水という名前がついている。それも象徴する名前のレベルがバラバラなんだ。この4度の太陽の消滅はおそらく、この地の大きな痛手を表してると思うが、その最初がジャガーなんだ。大地からたくさんの魔物が湧き出して人間を食い尽くしたみたいな神話が残っているが、これらが大きな災害を記録する象徴としてみれば、大昔、ジャガーが多くの人間に危害を与えたんだと思う。大ダメージをね。次はハリケーンみたいなもの、次は大雨の嵐、次は大洪水というように、神がどうしたこうしたということより、記録として太陽の名前に大ダメージの要因がかぶさっているのだと思う。そして第5の太陽期に神が不思議な台詞を吐くんだ。一人の神は『常に新鮮なイケニエを捧げれば太陽を沈めない』そしてもう一人の神は『太陽を沈めないように私は必ず帰ってくると』この神話は、第5の太陽期に作られているから、このイケニエの制度は、統治を続けるために作られたんだと思う。予言とからめてね。それにしても最初の太陽の名前、ジャガーだけが異質だと思うんだ。ジャガーという名前で沈んだにもかかわらず、ジャガーの神殿としてあり、しかもジャガーの騎士としてこの地の勇者として存在しているという矛盾があるんだ。しかも最初の太陽の名前がジャガーというのがなんだかおかしいだろ」
「どういうこと?」ミーコは結論を急いだ。
「実は、アステカの文明そのものは比較的新しいから、その前のトルテカ文明、さらに遡ってテオティワカン文明まで見ると、既にあったんだよ、この時に、ジャガーの宮殿が。南米の方ではもともとネコ崇拝というか、ジャガー崇拝みたいな信仰があり、ジャガーがイケニエを食べている陶器なんかも出土している。そしてトルテカ文明の時でもジャガーは夜と戦士の神になっている。ジャガーの斑点が星に見えたからだろうね。だからシンプルに考えて、ジャガーは南米の土着の神というように考えてもいいように思う。そしてトルテカ文明になって、一度ジャガーに敵対する羽毛のある蛇の神が現れる。これはイケニエを否定する神であり、農業を指導する平和の神で、しかし戦いの末にジャガーの神が勝利に終わった。後にトルテカ王国の跡地にアステカ人が住み着いたという説があり、この神話は継承され、イケニエの制度は残っていった。しかし、アステカ王国そのものは、歴史が浅いものだから、神話を複雑にして、自分たちを正当化する必要があった。だから、ジャガーは夜と戦士の神であるのに、太陽の名前になって一度死んだり、復活して復讐をしたりしながらも神の名前になって残ったり、そんなことを繰り返しながらも第5の太陽期では、神と切り離されたかのような曖昧な形で、太陽の名前として残ってしまう。そこでのイケニエはトルテカ王国のジャガーの神へのものではなく、太陽神のものになってしまっている。そして、イケニエの儀式だけがどんどんエスカレートして、黒曜石のナイフで心臓を取り出すという儀式が重ねられ、数万人のイケニエが捧げられた。だからジャガーそのものは、崇拝される大きな神から分裂させられて、最終的にはイケニエの制度とも関係のないところで、単に戦士の象徴となったり、神秘的なものの象徴となり、イケニエを捧げる方にもなってしまっているという矛盾を演じさせられるようになった。こうなると、人の都合の良いようにできた神話という面が露呈してくる。そこには、神秘性も剥がれて、ただ、当時の制度を容認させるための物語になってしまっている。神が増えすぎて複雑になり、ジャガーの存在もだんだんと矮小化されてくる」
「ジャガーの悲劇ね」ミーコはタケシの話を興味深そうに聞きながら口を開いた。
「アステカ王国も、これらの矛盾に不安を抱きながら、トルテカの時代に、羽毛のある蛇の神が必ず帰るということにおののきながら、この神を金星のような星にしてしまっている話もあるし、物語をまた改ざんしようとしている。星になれば帰ってくることはできないからね。そんなところに、白いスペイン人が現れたものだから、アステカ人は、羽毛のある蛇の神の再来だと信じ込んでしまう。おかしいと言えばおかしな話だが、神話に偶然性が重なって、神話がどんどんと壊れていってしまう」
「ある意味、作り込みすぎた神話だったから、どこかに罪の意識があったんじゃないのか」僕もようやく話しの大筋が掴めはじめてきて口を開いた。
「だから…」タケシは続けた。
「だから…俺たちが、あの古代メキシコの夢に左右される必要はないというか、神話として壊れてしまっているというか、ナーコが見たもう一人のナーコも幻覚だし、俺たちの見ている夢も、一つのストーリーに左右されている幻覚の夢だから、見る必要のない夢といったら極端だが、何かに恐怖感を抱くレベルのものではないように思えるんだ。この神話には力はないんだ」
「それはそうね」ミーコは少し微笑んだ。
「なんとなくだが、あの夢は見ないような気がしてきた。もし夢であの都市に行っても、ジャガーの騎士を捜すことはしなくなるだろうね」僕は完全な自信はなかったが、神々の神秘性が剥がれた限り、そんな気分になっていた。
「だったら、『ナイト・オブ・ジャガー』というあの曲が、しばらくして『ジャガー』というふうにネーミングされてることは凄く意味のあることよね」ミーコは解読できたかのようにきっぱりと言った。
「あの曲は、『ナイト・オブ・ジャガー』でなくて、『ジャガー』の方がよりプリミティブということになるね」タケシは同意した。
「レジスタンスという色彩を持たせるなら、やたら神を増やし自己崩壊したアステカ文明そのものにはあまり意味がなくて、ジャガー崇拝のシンプルな神話にこそ効力がある。そしてそれは南米固有のものだ。屈折した権力の創造力がミックスされていないものだ」タケシは、断定するように言った。
「とすれば…」僕は一つの考えがまとまりはじめていた。
「とすれば…ナーコのもう一人のナーコは、そんなことを気づかせる案内役だったのではないか」
「そうとも言えるよね」
「まるで、遺跡を発掘させるかのように、僕たちにおかしな夢まで見せながら、そしてそこにも答えがないというように導いていったりもしている。そして、ジャガーというシンプルな崇拝に僕たちが気づいた時、もう一人のナーコも消えてしまうという、ルーツあかしの旅に誘導したような」
「いいように言えば、そういうことになる」タケシはまるっきり賛成していないように見えたが、僕には同意しているように見えた。
「ルーツの丘に私たちを連れていく、あの曲は凄いわね」
「でも、このことはナーコには言えないんだよなぁ」僕はある意味、困ったかのように言った。
「こんな話、ナーコ自身には関係ないもんね。彼女はジャガーそのものを感じてたんだし、アステカに誘われてたんじゃなしに、今のマリナルコに誘われてたんだしね」
「やっぱりナーコがいちばんプリミティブな感覚があるということだな。俺たちは巡り巡ってやっとジャガーの力がわかった。精神科医の発想と違うところでいろいろ解釈していったが、その方が俺は楽しかったな」
「これからも、そうしたら」ミーコはタケシをからかった。
 そうして3人は別れたが、古代メキシコの夢から解放されたのか、しばらく連絡がなかった。ナーコにも僕は会いに行かなかったが、また会いたいなと思いはじめていた時、タケシから電話で連絡があった。
「この間、ナーコから電話があったよ」
「なんて?」
「カウンセリングの礼がほとんどだったが、これから沖縄の方に行くって」
「たしか、そんなこと言ってたな」
「お前、知ってたのか?」
「治った後、一回会ったから」
「そういうことか、で、お前は平気なのか?」
「平気も何も、俺は仕事もあるし、止める権利も何もないじゃないか」
「まっ、それはそうだけど」
「だけど、年末じゃなしに、この時期に沖縄に適当なレイブあったっけ」
「レイブじゃなくても、あったかいところで、一人旅でもしたいんじゃないか」
「まぁな」
「トオルにヨロシクって言ってたよ。なんで俺が伝えなきゃなんないのか、わからないけどな」タケシは軽く笑った。
「あ、それと、今度の週末、南港の公園でパーティあるらしいけど、お前行くか、寒いけど、オリオン座が綺麗だぞ」タケシがパーティに誘ってるのも笑えたが
「あぁ、週末は都合がいいから、行くよ」
「最近、ヨージとかマキに会ってないしな」
「ヨージのレジスタンスの話もまた聞いてみたいしな」僕とタケシはお互いに笑った。
 久々だったが、公園のパーティはあいかわらず何もなかったように進行していた。僕が公園の入り口の暗がりを抜けて会場に行くと、マキはもう踊っていた。ミーコの姿も見えた。タケシはまだのようだった。DJが変わった時、マキが休憩に入って僕に話しかけてきた。
「おつ、久しぶり、元気だった」
「マキはいつも元気そうで羨ましいよ。ヨージを見かけないけど…」
「あいつ、なんか大勝負したとかで、日本脱出を図ったみたいよ」
「あいつらしいな」
「たぶん、タイの方だと思うけどな、そのまま、ニューイヤーまでいて、またどっかに行くと思うけど」
「とうとうか」
「いいよね、あんな気楽なのも」マキは結構羨ましがっている様子だった。
「タケシは」
「もうすぐ来ると思うよ、誘ったのあいつだから」
「あっ、そう」マキはそう言うと、ドリンクの売っているテントの方に歩いていった。
 僕は踊りもせず、タケシの言っていたオリオン座を探していた。こんな場所でも綺麗に見えた。以前の会話も思いだし、こんな星々から、たくさんの神話を作りだしたものだとも感心しながら寒空の中、震えながら突っ立っていた。
「なんだ全然踊ってないじゃないか」タケシが現れて声をかけてきた。
「結構、星が綺麗だからな」僕は似合わない台詞を吐いていた。
「バカかぁ」とその時、聞き覚えのある声がしたかと思うと僕は後ろから誰かに激しく頭を小突かれた。ナーコだった。
「沖縄に行ってたのじゃなかったのか」僕は唖然とした。
「関空まで行ったけどね、なんか沖縄までだと中途半端な気がして、戻ってきたよ」
「そうか」
「そうよ」
「いつか、一緒に行こうか?」
「どこへ?」
「マリナルコ」
「何しに?」
「ジャガーに会いに」
「私はいつでもいいわよ」
「仕事の都合がついたら」
「また、それか」
 僕とナーコは、笑いながらまばらに踊っている場所へと移動してステップを踏みはじめた。とても寒い夜だったが土の感触が不思議と暖かだった。 

了         
 





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snafkin7
30数年広告畑で畑を耕しています(笑)コピーライターでありながら、複雑系マーケティングの視野からWebプランニング、戦略シナリオを創発。2008年2月より某Web会社の代表取締役社長に就任。snafkin7としてのTwitterはこちらからどうぞ。Facebookはこちらから。
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