2007年12月31日

大画面時代におこった小画面の勝利

15b77e97.jpgテレビでも、ネットでも、この一年を振り返ってのニュースが花盛りの年末ですが、この一年、やっぱりムーブメントとして印象的なのは「ニコニコ動画」「初音ミク」というか、YouTube系の勢いですね。

大前研一さんの書くものにあまり同感したことがないのですが(笑)、「YouTubeというマーケティング手法」という記事にたまたま触れて、そうだよなと共感してしまった次第です(笑)この記事で、えっ!と思ってしまったのは、大前研一さん自ら『わたしは YouTube がサービスを開始した当初からAlexa.comやGoogle Counterを使ってアクセス数をプロットし、同時にトラフィック、世界のどの地域からのアクセスが多いかを観察していた。すると2006年の6月に入って、日本からのアクセスが急増したことが分かった。地域的には東京都北区がトップである。都市在住の高校生たちが、「わたし、○○のビデオ撮っといたから見てみて」といった仲間同士のやり取りに使い始めたのだ』という箇所だった。

このレベルの人が、Alexa.comやGoogle Counterを使って、マーケティングしている(爆)しかも「YouTubeというマーケティング手法」の記事にいたっては、まったく異論がないほど、正確に記事を書いている(笑)ことだった。「PS3」vs「Wii」の勝敗も『このようにして YouTube は1年足らずでマーケティングのあり方を一変させてしまった。それはもはや不可逆的な社会現象であり、一般消費者を対象とするすべての企業は、この新しいネットメディアへの対処法を、真剣に考える必要に迫られている』というくだりも『また日本では役所やテレビ業界が地上デジタル、大型フラットスクリーンと、消費者の動向を無視した一方的な未来図を描いてきたが、YouTube による「小さな画面の興奮」の方がどうやらインパクトが強いということも明らかになってきている』という結論もまったくその通りなんですね。

ニコニコ動画や初音ミクとかは、マスメディア系から見たら、ふざけた戯言かもしれませんが、この小さな画面のコミュニケーションツールは、今までになかった感情の同時性を実現しています。大画面の興奮はスポーツや音楽のライブでしょうが、それも送られっぱなしの状態で、小さな感情を弓矢のように飛ばせるのは、小さな画面のコミュニケーションツールの方。それの素であるYouTubeをGoogleが買収した意味も今になればよくよく納得です。

世界のドラマを同時的に見られる、世界の出来事を同時的に見られる、見逃したものをいつでも見られる、それを加工したものをみんなで楽しめる、『見る』という行為は、やはり受動オンリーではどこか不完全燃焼をおこします。昔、ソニーの出井さんが、『人間というのはものぐさなもので、ただ単に流されるてくるものを見ることにも快感があるのだと』と意味のことを何かで書かれてましたが、どうやら、時代はそうでもない方向に進んで行っているようです。主体あっての『見る』。小さな画面ほど、主体の存在感を増大させてくれます。(主体なんかどうでもいい時代が映画大流行時代でしょうか)ということで、ワンセグも大画面とは対極に、便利さとは違う意味で需要はますます増えるのではないでしょうか。って私が言わなくても当然なんですけどね(笑)

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30数年広告畑で畑を耕しています(笑)コピーライターでありながら、複雑系マーケティングの視野からWebプランニング、戦略シナリオを創発。2008年2月より某Web会社の代表取締役社長に就任。snafkin7としてのTwitterはこちらからどうぞ。Facebookはこちらから。
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