2013年01月

2013年01月01日

吉岡治の詞の中の「赤」の多用について

2012年暮れの紅白を見ていて、石川さゆりが歌う【天城越え】の歌詞に改めて怖さを感じた。これはただの演歌(歌謡曲)ではない、かといって文学でもない、作詞者がそこに異常に感情移入することによって何かを達成しようとしている無意識の傷が見え隠れする。

「誰かに盗られるくらいなら あなたを殺していいですか」と状況説明する歌詞は「あなた……山が燃える 何があってももういいの くらくら燃える火をくぐり あなたと越えたい天城越え」と無理心中をにおわす濃密な女の情念の言葉が続く。

吉岡治の作詞ではこの視線のものが多い

【さざんかの宿】(大川栄策)
「愛しても愛しても あぁ他人の妻 赤く咲いても冬の花 咲いてさびしい さざんかの宿」

【大阪しぐれ】(都はるみ)
「ひとりで生きていくなんてできないと 泣いてすがれば ネオンが ネオンがしみる」

【命くれない】(瀬川瑛子)
「あなた おまえ あぶな川 命くれない 命くれない ふたりづれ」

【さざんかの宿】は今にも死にそうな不倫の恋、【大阪しぐれ】はクラブの女性と客との悲しい恋、【命くれない】にいたっては夫婦ではあるが修羅場をくぐってそうで女性の方からの過多な愛情が表現されている。

美空ひばりの【真っ赤な太陽】でも恋の絶頂期を歌っているはずなのに2番ではすぐ
「いつかは沈む太陽だから 涙にぬれた恋の季節なの」と「砕ける波が白く目にしみる」

そして不思議なことに「山が燃える」「さざんか」「ネオン」「紅の糸」「まっ赤な太陽」と歌詞の基調色やアクセント色がすべて赤だ。

赤色は、エネルギーを象徴する色だが、吉岡治の詞では女の情念を象徴しているように思える。それだけでは綺麗が、【天城越え】や【さざんかの宿】に至ってはどうにもならない愛の行方のめらめら燃える地獄をも感じさせる。本当は赤色にもっと母なる愛情や勇気を盛っていいはずだが、かなり心理的に残酷なシーンを描くメタファー色となっている。

吉岡治は2歳の時に母親をなくし、女遊びの激しい父親に育てられたという。この家庭環境とこの歌詞は一見、直接結びつくようには見えない。まず母親への憧憬が第一にあるべきだからだ。しかし、母親への憧憬が強すぎ、母親を守るために、それ以外の恋愛をすべて悲劇へと導く作用が働いているとしたらどうだろう。

吉岡治が描く恋愛に溺れる女性像には、亡き母の永遠の執念みたいなものが投射されているように見えて仕方がない。だから鬼気迫るものがあるのではないか?

【天城越え】の「あなた……山が燃える 戻れなくても もういいの くらくら燃える地をはって あなたと越えたい 天城越え」

というフレーズにはいろいろな解釈があるが、他の女と遊んでいる父親を母親が道連れにせんばかりの怨念も表出しているのかもしれない。だから感情移入が尋常ではなく怖い。

吉岡治作詞のもので、赤をメタファーカラーとして使用せず、言葉で心理描写している初期の作品がある。

千賀かほるの【真夜中のギター】
「愛をなくして 何かを求めて さまよう似たもの同士なのね そっとしときよ みんな孤独でつらい」と当時の若い歌手に歌わせている。

「愛をなくして 何かを求めて…みんな孤独でつらい」その気持ちが、男女関係の生々しい関係を表現する時、どうしても過剰な女性の愛情を表現してしまう。

そして、上にあげたそれぞれの曲は、超大ヒット作ばかりだ。吉岡治固有の母性の消失は、時代の母性の消失と重なり、見事に昇華・共鳴されたのではないかと考えたい。

紅白で何回も歌われた【天城越え】。今年の【天城越え】が吉岡治追悼の気持ちも込めて、いちばん迫力があったように思う。




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30数年広告畑で畑を耕しています(笑)コピーライターでありながら、複雑系マーケティングの視野からWebプランニング、戦略シナリオを創発。2008年2月より某Web会社の代表取締役社長に就任。snafkin7としてのTwitterはこちらからどうぞ。Facebookはこちらから。
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