2012年11月

2012年11月28日

クラスター社会への傾斜、あるいは検索キーワードの変遷

今から4年くらい前に、CNET JAPANで「検索エンジン窓にお願いする人たち」という記事を書いたことがある。いわゆる動詞系の欲求キーワードで「彼氏と別れたい」「ピザを食べたい」など、単に調べ物をしているのではなく、エンジン窓に心を許し、心情を吐露しているキーワードをよくみかけるようになったという話。

しかし、GoogleやYahoo!が推奨キーワードとして、それに関連するキーワードを複数、候補として表示しはじめるようになって、その多様性が一気に減ったような気がしている。

例えば今、「彼氏と別れたい」をエンジン窓に入れると、関連キーワードして
・ 同棲中の彼氏と別れたい
・ 彼氏と別れたい+メール
・ 彼氏と別れたい+情
・ 彼氏と別れる方法

などが表示される。

以前であれば、「彼氏と別れたい」の第一表示で気に入らなければ、さらに言葉を盛って、+何々+何々と打ち込んでいたのが、最近ではそこそこ自分の気持ちに近いものが表示されていれば、それをクリックして済ますことが多くなっているのではないかと思う。

有料データバンクを使って検証してみる。キーワードは「別れたい」

2012年10月では
・ 彼女と別れたい
・ 妻と別れたい
・ 面倒+別れたい
・ 別れたい+無視
・ きもい+別れたい
・ 別れたい+合図
・ 別れたい+妻+浮気

というバリエーションだが

2008年1月では
・ 恋人+鬱+別れたい
・ 上手に別れたい
・ 別れたい+ストーカー
・ 無理矢理アナルをレイプされたので別れたい
・ 円満に別れたい
・ 別れたい+格安
・ 中絶後別れたい
・ リストカットする彼女と別れたい
・ 女と思えない+別れたい
・ ホワイトデーまでに別れたい

などなど、古い方が結構、個別の事情が多いことがわかる。これは最近のどの月を見ても同じで、「誰と」「どうして」を示すものに集約され、かなりコンパクトに畳まれた言葉が多くなっている。そして古いものの他の月では「別れたいけど別れられない」「自分の時間が欲しい+別れたい」とやはり、ある意味、自分の事情に引き寄せられたワードが多くなってくる。

これは検索エンジンの推奨キーワードのせいだと私は思っている。

推奨キーワードが発達してきた頃から、検索エンジンワードで匿名の生身の声が少なくなり、最大公約数的なよくあるワードに落ち着き始めた。

ネットでは、推奨キーワードのみならず、情報があまりにも過多になりすぎたためか、欲求や意志ワードをクラスター化する傾向になっている。

ワードがある程度クラスター化されても、個々人の個性がなくなるわけではないのだが、情報が流通する場合、これらはある一定の方向性を決めてしまう場合が少なくない。

例えば「ファッション」を見てみる。

2008年頃は
1位が「ファッション」で、あとはまちまちだが

2012年になると
1位が「メンズファッション」「40代ファッション」「山ガール+ファッション」などとクラスター化されている。

ある程度束ねられた数が多いからといって、こういうキーワードが候補として上がってくると、それを見て押す人たちも増え、純粋にそのことにあまり興味がないにもかかわらず、数が膨れ上がれ、それらがさも大きな群として動いているかのような現象をおこしている。

推奨キーワードの力学は、ソーシャルネットでもそのままあてはまる。特にTwitterなどでは、今ホットな話題やキーワードがランキングの上位にあがり、それを多くの人が目にし、そのクラスターがどんどんヒートアップしていくというような。

ドラマ「家政婦のミタ」の最終回の視聴率が40%を超えたのは、純粋にそのドラマを見たかったのではなしに、その話題について、ライブでツイートしてみたいという人が急増したからとも言われているし、新劇場版「エヴァンゲリオン Q」があれほどの観客を動員したのも、ある一定の太い話題として、検索エンジンやSNSで形成されていたからのように思う。それは2012年のヒット商品を見てもうなづける。

「LINE」はそのままSNSだし、「マルちゃん正麺」もネットでの評判が先行した。「おさわり探偵 なめこ栽培キット」もネット評判だし、「街コン」はどちらかと言えば、「街コンはいい」を前提とした、クラスターの容器そのものといっていい。ここには、街コンの良し悪しではなく、「街コン」という乗り物にみんなが乗っているだけだ(笑) 多様性などどうでもいい、一定のルールがあり、とにかく楽しい器だから、乗るしかないのだ。

こういう傾向がいいのか悪いのかはわからない。

しかし、ネットの世界でも、ブランドネーム、製品ネームでの検索表示とともに、候補ワード(クラスターワード)での上位表示がコンバージョンにつながるケースは果てしなく多い。かつてのニッチラインのコンバージョンキーワードが成立しなくなっている傾向にある。

例えば、ハローキティの腕時計を売る場合、「ハローキティ+腕時計」「ハローキティ+腕時計+青」とかで仕掛けるよりも、ハローキティそのもので、「ハローキテイ 腕時計」が候補として表示され、その先が自分のサイトである方が確実にコンバージョンのボリュームが違う。ブランド名そのものがコンバージョンキーワードであるという、王道ともつながっている。

ある人は言うだろう。「クラスター化された社会は無個性だ!!」

しかし、長年やってるマーケッターはそれを聞いてこう言うだろう。
「もともと世界は7〜8つのクラスターに整理できるんだから、当然の結果じゃないかな」

自分自身、「十人十色」は嘘だと思っているし(笑)「世界で一つだけの花」も麻薬患者の戯言だと思っている(笑)

総和の秩序からできたクラスターには必ず実体がある。ビジネスにセンスのある人は、みんなここを向いているのではないだろうか。

前田敦子が卒業して、一時の勢いがなくなったが、AKB48などはカテゴリーというよりも、このクラスターそのものだ。なんだかAKB48らしいというクラスターをマーケットに設定すれば、細かいことはともあれ、欲求のポジションとして固定できれば、ここに群がってくる人たちが発生する。推しメンなど個々の好みも反映されているように見えるが、まずはAKB48みたいなものが自分は好きだという安心できる器があることが重要なのだ。今年の紅白に落選した韓国の少女時代も同じようなものだ。少女時代というクラスター、その上位にK-POPというクラスターが存在するのかもしれないが、これらも個性よりも器がとても大切なのだ。だから竹島問題なので、韓流そのものが揺らいでしまえば、K-POP、少女時代の熱はすぐに冷めてしまう。AKB48のメンバーが、AKB48という器をとても大切にするのは、それを直感的にわかっているからだろう。「私のことを嫌いになっても、AKB48のことは嫌いにならないでください」という前田敦子の名言をはじめ、大島優子、篠田麻里子もほぼ同じ事を繰り返し発言している。

クラスター社会への傾斜。

今の政党の動きを見ても如実だ。「太陽の党」など、個人の思いを表した政党などは居所がなく、「日本維新の会」というような、内実はどうあれ、新しいクラスターとして束ねられているものへ吸収されていく。自民党、民主党などは、クラスターというよりも単なる終わった枠組みなので、ここに心から共感する人はほとんどいない状態だ。あとクラスターとして束ねられない点在する小政党は、思っている以上に選挙で苦戦するはずだ。みんながクラスターに乗りたがるのは、そこに乗ったら、どこかに運んでくれるかもしれないという期待感があるからだ。エンジンのついている舟でないと誰も乗りたがらないというのが実情だろう。

こんなにわかりやすくなったマーケットは人類史上初めてではないだろうか? インターネットが創りだした総和の秩序。それはカオスのカタチに似ているのかもしれないが、ありのままをありのままに見る力さえあれば、ねじれることなく、人々の心を動かしていくことはそんなに難しいことではないように思う。

2012年11月26日

ヱヴァンゲリヲン新劇場版 Q 神話の解体について

(ネット上には既にWikipediaの「ヱヴァンゲリヲン新劇場版 Q 」も存在するので、ストーリーにも触れた記事となることをご了承ください)

神話的要素に神話を上塗りしてきたエヴァンゲリオンが、ついに神話を解体する方向へと走り始めた。それは、新劇場版が終りに近づいているかもしれないが、ラストのアスカ、レイ、シンジだけが歩くシーンには、あらゆる呪縛からとけた清々しさを感じ、庵野秀明は、ようやくエヴァとちゃんと向き合う、決着をつけようとしているのかなと感じた。それは、スタジオジブリ製作の特撮短編映画『巨神兵東京に現わる 劇場版』がQの前に同時上映されることでも、意味性の復帰、エヴァの原初的な衝動を示すかのように映った。

新劇場版 序が上映され、庵野秀明はガイナックスを退社しているが、破にしても今回のQにしても、見る側を突き放さず、制作に対してたっぷり愛情を注いでいるようにも思う。TV版はもとより、それを補完しようとした劇場版にも投げ槍な要素を含み、自分の分身であるエヴァがある意味、違う解釈されていくことにかなり抵抗していた表現が多々あったが、一度は冷却しかけたエヴァがゲームソフトなどによる熟成と2005年以降、パチスロ・パチンコ機により、新たなファンを巻き込んで覚醒すると、エンタテインメントアニメとして違う気流に乗ったように再生しはじめる。

これは、どういうことか?

一度、エヴァから離れるために、実写にも目を向けた庵野秀明だが、おそらく自分が想像する以上に、エヴァには、庵野秀明のすべてが注ぎ込まれていた。離れよう離れようとする度に、離れられないことに気がついたのではないか。そして、初期にはガンダムの富野喜幸や師匠の宮崎駿からエヴァの内向性と残虐性に痛烈な批判を受けていたが、場末であっても時代の無意識を呼吸しているパチンカーから絶大なる支持を得たとなると、アニメ界で評価される以上に一気に孤独感が融解したのではないかと思われる。

第1使徒から第17使徒、リリス、リリン、ゼーレのあたりの話は難解で、庵野秀明がつくりあげた神話だが、国際連合直属の非公開組織NERV(ネルフ)はエヴァンゲリオンにとって、揺らいではいけない基地なのだが、Qでは葛城ミサトをはじめリツコ、アスカ、マリなどが反ネルフ組織ヴィレに所属し、ネルフのエヴァを殲滅しようと活動しているところから始まる。そしてシンジとカヲルはダブルエントリープラグのネルフのエヴァ13号機に乗って、レイのMark.09、アスカの2号機、マリの8号機と交戦することになるのだが、ゲンドウの罠によって4thインパクトが起ころうとする。これは何とか食い止められるが、人類補完計画とは神話的な意味があろうとも、現実的には破滅の道であり、それをゲンドウが先導していることに驚く。シンジはネルフの13号機に乗るが、それは世界をやり直せると思ったからであり、リリスとMark.0.6に刺さる槍を抜いたのも世界をやり直せると思ったから…しかし槍を抜いた結果は使徒が活動再開してしまい13号機が覚醒、それを引き金に4thインパクトが発動しはじめる。

ここには今までの乗り越えられないシンジではなく、自分の意志で乗り越えようとしたシンジがいる。

また、疑問として、セカンドインパクト、サードインパクトが起こった真っ赤な地球に、もはや救われるものがあるのかということ。

エヴァンゲリオンとは、ストーリーの太骨は、父ゲンドウと母ユイ(レイ)、シンジのエディプス・コンプレックスの物語ととらえることもできる。そしてQにおいては、父にはめられていたとはいえ、世界をやり直す一心で父とは真逆の世界再生を目指し、父を乗り越えようとしたシンジがいた。

神話と呪縛(エディプスコンプレックス)の終わった世界の中で、歩き始めるアスカとシンジとレイ。行くあてもないはずなのだが、ヱヴァンゲリヲン新劇場版のFINALは存在する。

予告では、迷彩色のエヴァが多く出ていたので、またエヴァ同士の戦いがあるのだろうが、何を目的とした戦いなのだろうか?

それにしても1995年のTV版放映から、2012年の今まで17年。どんどん期待が増幅していくアニメは珍しいのだと思う。以前、それは1995年以降の新コードで表現されているからと論じたことがあるが、それは=殺伐とした社会のコードとマッチしていることを意味する。

そうであるならば、Qの神話の解体とエディプスコンプレックスの単純な克服はありえないことになってしまう。ドゥールズ・ガタリが「アンチ・オイディプス」で示したように、新たな関係性によって、別のコンプレックスが生じてしまい、世界が明瞭に開示されなければ、精神的な解放はありえないからだ。

そういう意味でも、FINALのアスカとシンジとレイがどういう関係を築くか、非常に興味深い。

【このブログの関連記事↓】
世界の中心は秋葉原という物語は1995年から始まった。

2012年11月11日

5インチ以上のスマホがネットライフを変える?

「ラブレイン」「ファントム」など新しめの韓国ドラマを見ていて、目立つのは5インチ以上のスマートフォンを普通に使っている姿だ。それで電話をしている登場人物たちは、日本人の目からは、どうも大きすぎるように見えるのだが、これはドラマの中だけでなく、韓国では、GALAXY S靴茲GALAXY NOTEの方がよく売れ、東南アジア、ヨーロッパでもその傾向にあるらしい。

自分自身はGALAXY S(4.8インチ)を使っているが 、LTE回線で使っていると、以前のスマホライフより、ある変化が起きた。以前はスマートフォン向けサイトがあると有難くそちらを選択して閲覧していたが、5インチ近いスマホで高速通信をしていると、パソコン向けサイトをそのまま閲覧するようになった。逆に強制的にスマホサイトに誘導されるとイライラするほどだ。そして、電話するには少し大きいように見えるが、インターネットをする際は画面が5インチ以上あれば、より快適なんだろうな…と。それと、もうひとつは打ち合わせ時にスマホをパソコンがわりにする場合が増えたが、紙のノートとペンも携帯する。GALAXY NOTEでは、ペン操作がいまいちだったらしいが、近く発売されるGALAXY NOTE兇任蓮△海諒佞格段に改善されているらしいので、予約までには踏み切れないが、できれば使ってみたい気持ちは高まっている。

実際、韓国では手帳を持ち歩く人が減っており、パソコンを持ち歩く人も減っているという。この傾向は、自分が管理している日本企業のWebSiteのアクセスにも如実に出ていて、全アクセスのスマートフォンでの閲覧比率が20%を超える勢いで、この傾向は最近になって激しくなっている。スマートフォンサイトのアクセスだけを見ていると、ゆるやかな伸びに見えるのだが、Google Analyticsで全アクセスでのデバイス比率のグラフを作れば一目瞭然だ。

日本では、ガラパゴス携帯と同じく、ガラパゴススマホ(笑)、iPhone、iPadが人気で、GALAXY S靴惑笋譴討癲GALAXY NOTEはいまいち売れなかったという。しかし、大画面ペン操作の体験イベントを地道に増やし、CM投入も増やす今後、流れはどこかで変わるかもしれないなと思う。

ただ、島問題、それと連動しての韓流ドラマ&K-POP、韓国旅行の人気落ちは現実にあり、サムスン、韓国企業の製品が大ヒットするとも考えにくい。

だが、スマートフォンやタブレットの閲覧主体のデバイスに、能動的(発信)要素を強めた、GALAXY NOTEシリーズは、パソコンを少しでも持たなくて済むという意味で、より快適なデバイスに近づけたという意味では、自然な流れに沿っているように思う。

GALAXY NOTE(5.5インチ)が売れなくても、GALAXY NOTE競罅璽供爾了藩儡兇砲話躇佞靴討いたい。今後のネット(ビジネス)ライフの大事な部分が動いていくような気がするからだ。

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snafkin7
30数年広告畑で畑を耕しています(笑)コピーライターでありながら、複雑系マーケティングの視野からWebプランニング、戦略シナリオを創発。2008年2月より某Web会社の代表取締役社長に就任。snafkin7としてのTwitterはこちらからどうぞ。Facebookはこちらから。
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