2010年02月08日

相撲の起源のあやうい曖昧さ

asa相撲は国技であるなんて言い方は、神事の相撲と職業化した相撲を一直線に結びつけた、荒っぽい言い方にすぎない。以前、杉浦日向子さんの江戸研究本をいろいろ読んだが、江戸に入ってからの職業化した相撲というのは、見せ物に近く、サーカス的な要素がいっぱいあったように記憶している。

また、江戸時代の相撲の歴史を見てみても、今の相撲協会やNHKが語るような真面目一辺倒の相撲の姿はない。

まず、相撲が興行として組織されて、いきなり浪人集団と結びつきが強いとされ、相撲禁止令が出されている。統制化するために寺社奉行管轄となって復活、宗教的な意味で寺社で相撲が行われたのではなく、寺社奉行管轄だから寺社でやっていたという、この時点でもう厳粛な世界ではないことがわかる。その時でも土俵などなく、土俵上でのいろんな細工や儀式は後で意味づけたものだとわかる。17世紀くらいには、江戸だけでなく大坂、京都でも興行相撲が盛んで、薄給の力士たちは売春もしていたという説もあるほど厳粛さはない。

幕末には、相撲vsレスリング、相撲vsボクシングのような対決ものもあったらしいから、日本相撲協会の相撲像と本当の相撲像には大きな段差がありすぎる。

明治に入ると、裸体禁止令で東京の力士は罰金や鞭打ちの刑にあっている(笑)正真正銘の国技であれば、鞭打ちなどの刑などに処せられるわけないでしょうに(笑)その後、相撲そのものが解体しかけた時、たまたま明治天皇が相撲好きということで、九死に一生を得たという話もある。その後、両国国技館ができ、そこで行われるので、相撲は国技と無理矢理くっつけたというよな、なんだか、生き残りをかけるために、無理矢理、国技と呼ばせているようなふしがあるんですね(笑)

横綱の品格なぞ、どこにもそんな定義などなく、横綱が大関より地位が上となったのが明治42年からだし、今の大相撲の歴史はとても浅く、その浅さ故に、わけのわからん神話化をはかろうとしているようにみえなくもない。

暴行事件をおこした朝青龍を擁護するつもりはないが、ああいう形で引退させてしまう、日本相撲協会というのは、興行のことを計算できない大馬鹿な財団法人としかいいようがない(笑)

聞くところによると、多数決で初めは出場停止と半々であったのに、本人呼び出しで、朝青龍が10分遅刻したため、その怒りもかって、多数決で引退派が何票か増えたという。そんな僅かな票差なら、興行としてやっていけるかもっと真剣に話し合いなさいっての(笑)

貴ノ花の改革なんていうのもなんだか可笑しい。貴ノ花がいるまで相撲人気があったといわれるが、全然そうじゃないと思う。宮沢りえと別れ、今度は兄弟喧嘩、相撲人気を落としていった張本人でもあるからだ。

品格のある横綱、真面目な力士がとる相撲なんて、いままでの歴史上にもないし、これから誰も見ないでしょうに(笑)

今回の引退劇は「相撲は国技である」というアホな幻想からおこっているのだと思う。「相撲はスポーツである」何事もここから発想して欲しいと思う。

2010年02月01日

トップをねらえ!はマーケティング凝縮アニメ(笑)

topOVAだから見たことがなかったが、CR機になることもあって、ネットで全6話を無料公開している「トップをねらえ!」。エヴァンゲリオンの庵野秀明初監督作品とあって、こうやって今でも注目を浴びてるわけですが、このアニメ、1988年ものということで驚愕した。何故かというと、1987年くらいに、ツインファミコンのロボット対戦ゲーム「ブリーダー」のストーリーを無理矢理(笑)書かされた私は、何か近いところにいたのだというのと、全然高いところにこんな世界があったのかと…当時の時代的な臭いはよく覚えているので、ただただ、凄い作品だなと…

エヴァンゲリオンの原石であるのは事実でしょうが、このOVA作品、何より興味深いのはガイナックスの第1回製作アニメ『王立宇宙軍〜オネアミスの翼』の興行不振による借金返済のために、精一杯ウケル演出がテンコモリされていることだ(笑)そして、実際、借金返済作品となり、賞までもらっているからアートというのはわからない(笑)

主題歌とエンディングを酒井法子が歌っているのも吃驚したが、よくこんな冗談のような「エースをねらえ!」「トップガン」をパロッたタイトルで質の高いアニメができたものだと感心してしまう。

エヴァのいやらしさは、こういうところから来ていたのか(笑)と、しかもおまけとしてついている科学講座の難しいこと(笑)借金返済のため、狂ってしまったのかと思うほど、ブラックなアイデアがちりばめられている。たまたま高校の同級生が教授となって書いた本「天の川銀河の地図をえがく」を読んだ後だったが、やっぱりアニメで展開する宇宙論の方がだんぜん面白い(笑)最終話の1万2千年後の地球にまだ人類がいたというのは、たまげた結末だったが…

庵野秀明さんというのは飽きっぽいのか、執着しすぎるのか、エヴァでもそうだが、1話、1話スタイルが変化するところが天才肌というか素晴らしい。そしてこの作品でいろんな実験をして、売れるコツ(マーケティング)を掴んだのではないかと思う。庵野秀明さんは風の谷のナウシカにも参加していたり、宮崎駿とケンケンガクガクやってたりと、ユニークな人だが、私は宮崎作品より、庵野作品を支持しますね(笑)宮崎アニメを見ていると、いつも途中で寝てしまう(笑)ちょっと教育的すぎるんですね。

しかし、庵野秀明さんが批判されるパターンで戦うことにブレーキがない面ですが、いわゆる暴走モードですが(笑)「トップをねらえ!」を見る限り、マーケティングじゃないかと思いますね。世代的なものもあると思いますが、戦う道義に四の五の挟まない。そのふっきれ方が危ない面もありますが、パロディでしょ、たぶん、そうでないと「トップをねらえ!」のバスターマシン3号は木星を圧縮して建造された超巨大ブラックホール爆弾ですから(笑)木星を爆弾にまでしてしまうって、すごすぎるじゃないですか(爆)

とにかく「エヴァンゲリオン・破」で天才肌をみせつけた庵野秀明さんは初期作品からして、スケールが違うなと…

しかし、これ、パチンコになったらどうなるんでしょ(笑)歌はノリピーのままにして欲しいが、替えるんでしょうかね(笑)





2010年01月31日

Derrick Mayの13年ぶりの生MixCDで泣けるか?

derrickmayDerrick Mayというとデトロイトテクノの生みの親、重鎮であるにもかかわらず、私の知り合いの女の子と一緒にコンビニに行って石鹸を買ったりする人である(笑)野田努のライナーノーツにもそういう気さくさが書いてある。それは数年前のことらしい。彼がDJをしている時、踊り疲れてテーブルでぐったりしている数人のオーディエンスを見つけると、彼はブースを出て、「大丈夫かい?」と声をかけていたらしい。

その野田努、この新ミックスCDを初めて聴いた夜、涙の領域まで連れていかれたらしいが、私も同様にウルウルしてしまった(笑)この涙の意味は結構重要なのかもしれない。

世界の現代史の中で、イギリスでおこった1988年の「Secound Summer of Love」は公的なトピックスとして抹殺されているが、ヨーロッパやアメリカを理解する時に本当は重要な出来事であったと思う。

日本でも今頃になって、酒井法子や押尾学が象徴的な事件になって逮捕されているが、この事件を理解する時も本当は「Secound Summer of Love」への理解が必要になってくる。酒井法子や押尾学は素の「Secound Summer of Love」を体現していたのであって、「Secound Summer of Love」を意識していれば、今頃、薬にははしらなかっただろうと思う。そして酒井法子や押尾学にこのDerrick MayのニューCD『Heart Beat Presents Mixed By Derrick May X Air』を聴かせれば、躍る以前に泣き崩れるだろう。

余談のもう一つとして黒人であるオバマ大統領に『Heart Beat Presents Mixed By Derrick May X Air』を聴かせても、意味がわからないだろうと思う。そして彼は「Secound Summer of Love」を知らないだろう。だから黒人であっても偽物なのだ(笑)

「Secound Summer of Love」の詳細はウィキペディアに書いてあるので、ここでは書かないが、一言で言えば、人間性の実験であったと思う。そして今のエコの流れは、「Secound Summer of Love」とそのルーツの1960年代の「Summer of Love」からきているので、やはりエコ(環境)という意味でも無視できない流れなのだと思う。

1987年につくられたDerrick Mayの「Nude Photo」と「Strings of Life」という曲が1988年のイギリスのマンチェスターやリバプール、工業都市のクラブで流され、みんなフロアで泣き崩れ、フロアは涙にいっぱいになった。そんな信じられないことが実際におこっていた。そしてこの曲はその後のヨーロッパに波及したレイブでも最高のアンセムとなっていく。

当時、デトロイトの絶望感とマンチェスター・リバプールの絶望感は、想像を絶していた。職もなく、意味のない政治に振り回され、グローバルな繋がりもなく、自分たちはなんでこんな酷い目にあわなければならないのか、死ぬか、暴れるかの選択しかなかったくらい酷いものだった。

イギリス、ヨーロッパのクラバー、クラウド達が何故この曲に涙したかは、日本人の私には何回聴いてもわからない部分がある。しかし、タイトルについてるように、NudeとかLifeという言葉が象徴するように、この曲はテクノではあるが、もの凄くソウルフルであったかく、心臓の鼓動を優しく包み込む波長を持っている。死ぬなよ、暴れてもむなしいだけだよ、ちょっといい気分で踊ってみないか?というような沈黙の言葉が聞こえてきそうなくらいあったかい音楽なのだ。しかもそれがアメリカのDerrick Mayがつくったということで、あぁ、この工業都市の絶望は一都市の絶望ではないのだ、デトロイトはもっと凄いんだね、というような共感もあって、ボロボロ泣いたのではないかと、今は理解している。

このアメリカ・ヨーロッパの大不況とは逆に、絶好調だったのは日本だから、極端にいえば、日本が他国の不況をつくりだしていたから、こんな「Secound Summer of Love」なんて、日本で見向きもされないが(笑)1980年後半にイギリスに留学していた知人の話を聞くと、やはり凄かったらしい。テクノと薬は、いつも隣でざわざわしているような感じなくらい身近にあったと…

この時のテクノと薬というのは、解放の道具と捉えた方がいいと思う。合法的であるか否かは二の次だ。お金のある連中はイビザ島まで飛んだ。ここでエリカ様と高城様とも結びつくのだが(笑)それくらい音楽やアートと「Secound Summer of Love」は深い関係にある。

そして、ようやくDerrick MayのニューミックスCDの話になるが(笑)何が感動するかって、クラブミュージックの集大成になっていることだ。歴史が入っている。クラブミュージックの歴史だけではなく、ソウルの歴史も入っている。ソウルとは黒人のソウルだけではない、中東やインド、アジアのソウルも入っていて、グローバルなソウルが入っている。そして何より凄いのは、絶望のソウルではなく、希望のソウルとなっていることだ。この辺はさすが、デトロイト拠点のDJの技だ。涙はとっくに涸れちまっているので、「それでも、音楽があるじゃない、そういう時のために音楽ってあったんじゃないのかい」というサウンドメッセージになっているのだ。しかもコンピュータの力を借りず、お手製の生ミックスとなっている。

今は日本も悲惨な時代なので、同じような思いで泣ける(笑)とてもわかるのだ(笑)

野田努のライナーノーツの最後に書いてあるが、Derrick Mayはお金のためではなしに、日本が好きだから日本でのみミックスCDを制作した。と…それもあるが、Derrick Mayは日本の女の子が好きなんだと思う(笑)嫉妬か(笑)

しかし、こんなにもサックスやジャズピアノが美しく感じるエモーショナルなサウンドを演出できるのはDerrick Mayだけなんだろうな。

正真正銘のダンスミュージック、それには「永遠」という称号が与えられるのだと思う。

そして、Derrick Mayがヒップホップが嫌いな理由もわかった。饒舌すぎるのだ。

沈黙のメッセージほど伝わるものはない。

Derrick May、こんなにも凄い人なのだから、日本の女の子とコンビニに行くのはやめて欲しい(爆)



2010年01月29日

No We Can't! 失墜したアメリ蚊

obamaオバマ大統領初の一般教書演説の発言で、アメリカはもう終わったなと感じた発言がある。「私たちは二番目になるのは嫌だ!!」という発言。

Well I do not accept second-place for the United States of America. As hard as it may be, as uncomfortable and contentious as the debates may be, it’s time to get serious about fixing the problems that are hampering our growth.(私も米国が2位になることを認めない。どれだけ難しくても、どれだけ不愉快でけんか腰になっても、成長を妨げている問題を修復するときだ)

これがアメリカの本音だなと思ったが、車の販売数をはじめ、もう既にいろんな指標数字でアメリカは一位から転落しはじめている。

何よりウソくさいのがクリーンエネルギー産業、アメリカは未だ石炭がわんさと採れるので、わんさと火力発電で燃やし地球を汚し続けている事実があるのに、見て見ぬふりだし、地球のオゾン層を破壊しまくったのもアメリカだ。この人のクリーンエネルギーとは環境のことよりも雇用側面だけで語っているのが下品なのだ。

二番目になるのがイヤだというメンツだけで、乗り越えられるとは思わないし、ローリスクの金融マネジメントだけで、金融ジャンルが成立するとも思えない。中国や日本との関係があまりよろしくない事情を察してか韓国を友好材料にもってくるのも、なんだか小心としかいいようがない。

今後、中国、インドの勢いは止まらないだろう。

オバマ大統領の饒舌さは非常に軽すぎる(笑)

政治の時代は完全に終わったのだ。消費の蕩尽を忘れた国はもう浮かび上がれないのは事実だ。浮かれすぎている中国、インドは後進国イメージを持っているが、今までにない消費の頂点を行くのは確実だと思う。

蕩尽を忘れた消費者なんてパワーがない。日本もおそらくパワーがない。若い世代が金融投資術で自力で儲け始めた時は別だと思うが…

TVCMで、ちょっとだけ、ちょっとだけ、借りすぎ♪〜 

と流れると、うちの3歳半の娘が

「実は〜払いすぎ…」と有頂天になって叫ぶ(笑)

えっ、誰に教えてもらったんだと訊くと、5歳半のお姉ちゃんからと…

お姉ちゃんに訊くと「あってるよね、パパ、ね」と…

この人らの情報収集能力はどうなってんだと驚きつつ…

ママとパパは唖然とするばかり…

いやはや、なんともいえない時代になりましたな〜(笑)

2010年01月26日

ロードサイド物語2 巨大古墳周辺をサイクリング

nitoku前回記事のコーナン堺店のすぐ近くにあるのが、巨大な前方後円墳。履仲天皇陵、仁徳天皇陵とか言われているものだが、今の史学ではどれがどれかはっきり断定できないことになっている。まぁ宮内庁が勝手に推定してますが、天皇のルーツは古墳時代にしても本当はあやふやなことになっている。小沢一郎が昨年末、韓国の講演会で、仁徳天皇陵を掘れば、天皇のルーツが韓国であることがわかる、みたいなことを言ったらしいが、それ以前に、どれが仁徳天皇陵かも断定できないのが現実で、目の当たりにして初めてわかりますが、ここ掘っても意味ないなぁというのが素直な感想です。

平地から眺めると、この前方後円墳って、とても「和」な世界なんですね。なんのへんてつもない小山にしか見えない。しっくりくるんですね(笑)なんで、宮内庁がご法度とするか?隠すことによって神秘性を高めてるだけじゃないのかって気がします。言われているようなものは何もないのじゃないかって(笑)

小沢一郎がわざわざ韓国で、天皇のルーツは朝鮮半島なんて言わなくったって、日本人のDNAには朝鮮族・漢族の血が混じっているのはデータで示されているから、天皇であろうが、平民であろうがみんな雑種なわけです。雑種が「和」ということでいいじゃないですかね(笑)

ルーツなんて設定しても意味ないことをわかって欲しいですね(笑)

しかし、この前方後円墳の周りは住宅地で、毎日、前方後円墳を眺めながら暮らせる人たちは贅沢だなぁとつくづく。墓というより、手をつけられない大自然が目の前にあるっていう感じでかなり贅沢です。

この前方後円墳の周辺に今、超ビッグなショップがぞくぞくとできはじめている。本来なら遺跡がいっぱいでてきて工事がストップしてもよさそうなものだが、でてきてないところを見ると、これらの墓も郊外型の墓といいますか、そういう場所だったんじゃないでしょうか。詳しくは知りませんけど(笑)

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Mr.Dalian
20数年広告畑で畑を耕しています(笑)コピーライターでありながら、複雑系マーケティングの視野からWebプランニング、戦略シナリオを創発。2008年2月より某Web会社の代表取締役社長に就任。CNET Japanで読者ブロガーとして「今どきのメッセージ論」を連載